科学的な実証なしに、または科学的に実証されているにもかかわらず、世間に広まった思い込みが、まるで事実であるかのように誤解されていることは、割とよくある話です。
例えば、代表的なものには、男性脳/女性脳(*1)や、血液型性格診断(*2)があります。
テニスで言うと、直前の記事で書いた「アルパワーはテンション維持性能が低い」も、ナイロンとの比較で語られたアルパワーが、その比較対象とは切り離されてイメージだけが一人歩きしてしまった可能性が高いです。他には、スポーツ用ネックレスや何とかテープ、何とかバンドなども、科学的に効果が実証されていないものがほとんどだったりします。
今回の話題は、我々テニス愛好家に大いに関わる、ストリングとケガに関する科学的な事実です。
一般にかなり広まっている、「ポリエステルストリングはケガをしやすい」「ナイロンストリングの方がケガをしにくい」「低いテンションの方がケガをしにくい」という話題について、当ブログで何度も取り上げている、テニスギア研究で著名な川副嘉彦先生の研究結果、そして川副先生ご本人からお聞きした見立ても紹介しながら、考えていきたいと思います。
ポリエステルがケガをしやすいという科学的根拠はない/むしろその逆!!
ポリエステルストリングはどうしてケガをしやすいと思われているのでしょうか?
「ポリエステルは素材が硬く、伸縮性が悪いから振動や衝撃が大きくてケガをしやすい」という考え方が一般的だと思いますが、川副先生の研究結果では、これを否定する材料が多くそろっています。
ポリエステルがナイロンより衝撃、振動が大きいというのは誤り
最初に結論となりますが、次の検証結果をご覧ください。
- ポリエステル素材がナイロン素材より硬くても、フレームに比べたらはるかに軟らかい!
- ストリング面の振動数は、フレームの振動数に比べたらはるかに高いので、フレームに伝わりにくい!
- ポリエステルもナイロンも、インパクトでの力積(打撃力)はほとんど違いがない。
- したがって、反発力係数やボールの飛びも違いがない!
- ポリエステルは強打した(衝突速度が大きい)ときに、ナイロンに比べて振動が大きいが(衝突力が大きくて接触時間が短いので)、フレームが大きく振動しても、グリップは振動の節に近いので、振動は手に伝わりにくい!
- ポリエステルは、ナイロンに比べて、強打しなければ、フレーム振動に違いがないので、一般プレーヤーや子供には何も問題ない。
- ポリエステルは、強打するプロこそ、振動に要注意!(プロの場合、力積は同じでも衝突力が大きくて接触時間が短くなる)
出典:川副研究室 『テニスラケットの科学(244):スピンとストリング(42) :プロのストリンガーも誤解しているインパクトにおけるストリングの挙動 :「子供や女性や初心者はポリエステルを張らない方がよい!」というのは迷信!』より
以下のようにまとめられます。
- ポリエステルとナイロンに、衝撃振動の差はない
- ストリングからフレームに伝わる振動自体が非常に少ない
- ストリングの振動は減衰してグリップにはほとんど伝わらない
- 強打を続けるプロのようなレベルこそ振動によるリスクがある
確かにポリエステルは素材としては硬く、ナイロンよりたわみ量が少ない傾向はありますが、ポリもナイロンも、同じ当て方をしている限りボールの衝突力が変わらないため、衝撃に差は生まれないのです。
またフレームの硬さ、フレームの振動に比べると、ストリングのそれは非常に小さく、しかもグリップに到達する前にほぼ減衰するため、無視して良いレベルのようです。
唯一、かなり強打した時に、ポリとナイロンの衝撃の差が大きくなりますが、一般プレーヤーのスイングスピード程度であれば、それもグリップまでに減衰する可能性が高いので、大きな問題とはなりません。ましてジュニアや力の弱い人であればなおさらです。
川副先生ご本人からいただいた解説、見立てもご紹介します。
- 「ほとんどの方はポリの方が硬いからというだけで先入観があるが、硬い方は変形が少ないから結局(衝突力は)同じになる。衝突力はボールとラケットの衝突速度で決まるので、衝突速度が同じなら衝突力の積分は同じになる。」
- 「もっと簡単に考えれば、ボールとラケットの反発係数が高いほど、また、両者の衝撃力(衝突力)が大きいほど、ボールは飛ぶ(反発係数が高いほど、衝突力は大きくなる。)。ナイロンの方が飛ぶのなら、ナイロンの方が衝撃力が大きいことになり、あるいはポリの方が飛ばないのなら、ポリは衝突力(衝撃力)が小さいことになる。」
スピンがかかりやすいポリエステルは衝撃振動が少ない
「スピンがかかるほど手に伝わる衝撃振動は小さい」という研究結果があります。
ポリはスナップバックによるスピン性能が高くナイロンは低い、というのはこれまでの研究結果で明らかになっていますが、そう考えると、スピン性能の高いポリの方が衝撃振動が少ないということになります。
一般的に広まっている認識とは、全く真逆の研究結果です。
一方で、ストリング自体のスピン性能が上がる=スピンにスイングエネルギーがとられる分、ボールスピードや飛距離が損なわれます。「ポリエステルストリングは飛びが悪い」と言われるのは、スピンに注ぎ込まれるエネルギー量が大きくなった結果である、こう考えると腑に落ちます。
その場合、プレーヤー自身がスイングに調整を加える可能性が出てきます。
例えば、スピードを出そうとより強くスイングするようになったり、飛距離を出そうとスイング軌道を変える可能性があります。
川副先生ご本人は次のような見方をされているそうです。要は、
スピン量が大きくなるポリの方がナイロンよりも手に優しくて、当て方を変えて同じスピン量に調整するならば両者の衝撃は変わらない
ということですね。
- 「コーチなどの上級者レベルまでは、ポリの方が手にやさしい。衝撃力の大きさは正面衝突力によるものなので、特に、強打してスピンをかけるタイプには衝撃はナイロンより小さいことになる。衝撃が大きくなるのは、ナダルや大坂なおみ選手以上のハードヒッターである。」
- 「スピン量を減らしてスピードを上げるのはフラット気味に打てば良いわけなので、比較的簡単なはず。ポリで少しフラット気味に打ってナイロンと同じスピン量になれば、スピードも衝撃力も同じになる。極端に言うと、従来と逆にポリが手に優しいというのが私の見方である。」
ポリエステルとナイロンの「弦楽器としての性能の違い」がプレーヤーに与える影響
川副先生は、ストリングの性能には、弦楽器としての性能(音、感知できる振動、心理的側面)と武器としての性能(打球速度)があると説明されています。
ストリングの種類とテンションは、武器としての性能に影響がないことが研究の結果明らかになっていますが(以下の記事参照)、ポリエステルとナイロンでは弦楽器としての性能は大きく異なるはずです。
最も顕著なのは、その打球音で、ナイロンは比較的爽快な高い打球音であるのに対し、ポリは少し重いこもったような音で、いかにも硬くて飛びが悪そうなイメージの打球音を発します。
例えばナイロンからポリエステルに変更したプレーヤー自身が、その「弦楽器としての性能」の変化に対応しようと、スイングに調整を加える可能性は考えられます。
ポリエステルを選択するプレーヤーがそもそもケガをしやすい層である可能性
ここで、プレーヤーについても考察したいと思います。
「ケガをしやすいプレーヤー」を考えてみると、真っ先にあげられるのはやはり選手層でしょう。プレー頻度の高さ、ハードなプレースタイル、心身ともに緊張を強いられる試合数の多さなど、一般愛好家レベルと比較して、ケガのリスクが格段に上回ります。そういうプレーヤーたちは、スピン性能が高くて飛びが抑えられる、切断耐久性が高い、ポリエステルストリングを選択するケースが圧倒的に多いはずです。ナイロンストリングでは、切断耐久性の面から、選手層の使用には耐えられそうにないからです。
「ポリエステルがケガを誘発する」という因果関係よりは、「ケガをしやすい層はポリエステルを使っているケースが多い」という相関関係は、可能性として考えられます。
中高年齢層については、加齢に伴って、筋肉、腱、関節の機能低下が少なからず起きていて、そもそもケガをしやすい身体的背景があります。ナイロンからポリエステルに変えた際、スイングスピード、スイング軌道に調整を加えようと、負担のかかるような打ち方に変えてしまった場合、ケガにつながる可能性があるでしょう。
低いテンションがケガ予防につながる科学的根拠はない
低いテンションの方が安全というイメージは、「ボールの衝撃、ストリングに発生する振動を吸収し、プレーヤーの手や腕に影響が出にくい」と考えられているためです。
しかしこれも、事実とは言えない実験結果が示されています。
ストリングを張ったときの20 ポンド程度のテンションの差は,インパクト時(ボールとストリングが接触してから離れるまでの間)のテンション 200 ポンド~ 300 ポンドに比べると,大きくはないので,よく考えると,当然のことと言えます.したがって,ストリングスを緩く張っても,手首関節および肘関節の衝撃振動低減には大きな効果は無く,ゆるいガットはテニス肘防止に効果的とは言えないことになります.
出典:川副研究室 『事例4:ゆるいガットはテニス肘防止になるか?』より
以下のようにまとめられます。
- インパクト時のストリングにかかるテンションは、200~300ポンドと非常に大きい
- 張り上げテンションの20ポンド程度の差は、インパクトのテンションと比較して非常に小さい
- 張り上げテンション20ポンド差に対する衝撃振動の差は小さく、テンションの影響はないとみなすことが出来る→ゆるいガットはテニス肘防止に効果的とは言えない
ではテンションの影響はどんなところにあるでしょうか?
ひとつは上述した、弦楽器としての性能への影響です。低いテンションで張ると打球音は低くなり、高いテンションでは高い打球音になります。この打球音によって、心理的な影響が起こり、プレーになんらかの影響を及ぼすことはあり得ます。
考察:ストリングの種類とケガが無関係なら何を使っても同じなのか!?
じゃあ、ストリングは何を使っても一緒じゃないか!?という声が聞こえてきそうですが、決してそうではありません。
弦楽器としての性能(音、感知できる振動、心理的側面)は非常に差が大きいため、各種ストリング・テンションの「違い」を我々はかなり鋭く主観的に感じとっています。衝撃振動、反発性能にストリング種類やテンションによる差がないというのが科学的事実だとしても、爽快な打感だ、鈍い打感だ、硬すぎる、柔らかすぎる、等の主観的な評価は、科学とは別に立派に存在しています。
テニスギアについてはユーザーが感じる主観は非常に大切で、たとえばラケットが合う合わないは、科学の要素以上に、本人の主観的な好みが最も重要なのは言うまでもありません。同じラケットやストリングでも色が違うと打感が変わる。このような主観という名の思い込みも含めて、軽視すべきではないのです。
最終的には本人が「このストリングは打感が悪くて腕に衝撃が来る」と感じるのであれば、ポリエステルだろうがナイロンだろうが、それは選ぶべきストリングではないはずです。
一方で、「根拠のない思い込み」の影響を受けすぎると、主観評価も左右されてしまい、選択肢を狭めてしまうことにつながりかねません。本当は自分に合うかもしれないポリエステルストリングが、思い込みの結果、選択肢から除外されてしまうとすれば、こんなにもったいないことはありません。
科学的な情報を知識として持っておけば、ストリングに対する主観評価の結果は変わってくるでしょうし、むしろその方が、より広い選択肢の中から自分に最適なストリングを見つけられることにつながるのではないでしょうか?
まとめ
最後に、科学的事実(川副先生の研究結果)に考察も加えて、以下まとめたいと思います。
- ポリエステルとナイロンで手に伝わる衝撃はほぼ変わらない
- ポリエステルはスピン性能が高い分、衝撃は小さくなる可能性すらある
- ポリエステルに変更すると、スピン性能が上がるため、プレーヤーが意識的または無意識にスイングを変える可能性は排除できない
- テンションを緩くすることはテニス肘防止に効果的とは言えない
- 一般レベルでは、ポリエステルの方が手に優しい可能性がある
- ポリエステル、ナイロン問わず、主観的に衝撃や違和感を感じるストリングは避けるべき
ポリエステルストリングの使用を検討している人がいたとして、
「ポリエステルは硬くてケガをしやすいのでやめておきな!」というのは科学的には正しくない説明です。
科学的事実を踏まえつつ、説明するとすれば、
「ポリエステルはスピン性能が高い分、意外と衝撃は少ないから、一般レベルであれば、ケガのリスクは低い可能性があるよ。」
「ポリエステルはスピン性能が高い分、スピードと飛距離が落ちて、スイングの調整が必要になるかもしれない。貴方に合うか合わないかは、とりあえず使いながら見極めてみたら?」
というのはいかがでしょうか。