皆さんはストリングをどれくらいの頻度で張り替えていますか?そして、張替頻度の正解はご存じでしょうか?
「3ヵ月以内」「6ヵ月以内」、一般的にこれくらいの頻度での張替を勧められるケースが多いのではないでしょうか?しかし、それはどういった裏付けがあっての基準なのでしょうか?
「ストリング張替頻度の基準と正解」について、今回も当ブログでお馴染み、テニスギア研究で有名な川副嘉彦先生の研究結果とご見解を基に、科学的に考えてみたいと思います。
ストリングを3ヵ月以内に張り替えるべき根拠は??
メーカー側のストリング張替の推奨頻度は?
2021年11月に、日本ラケット工業協同組合(ダンロップ、ゴーセン、プリンス、ミズノ、トアルソン、ヨネックスが加盟)から、次のような情報がリリースされました。
この度、日本ラケット工業協同組合では、第三者機関による試験検証を行い、ラケットストリングは張り上げ後、一度も使用していなくとも弾力性を失うことが実証されました。この弾力性を失ったコンディションでは、本来持っているパフォーマンスが低下するだけではなく手首や肘を痛める原因にもなり得ます。
そこで、日本ラケット工業協同組合では張替を推奨するポスターを作製いたしました。ダウンロード後、プリントアウトして掲示いただき、張替の推奨にお役立てください。
https://sports.dunlop.co.jp/tennis/contents/restring/index.html
非常に残念ながらこの発表内容には、専門家ではない素人の私からみても、納得できない材料が沢山ちりばめられています。そして、このポスターが張替を推奨する目的で作成されたことも理解する必要があります。
少なくとも次の疑問が解消されない限り、日本ラケット工業協同組合のポスター内容をそのまま鵜吞みにはできないのではないでしょうか。
メーカーの推奨ポスターには残念ながら疑問点が山積み
- 一度張り上げたストリングは経時的にテンションが低下していくのが常識だが、ポスターでは経時的にストリングが硬くなると表現されているが、それはどういう意味!?テンションが下がるとストリングは硬くなるのか!?
- 経時的に硬くなるのが仮に真実だとして、「本来持っているパフォーマンスが低下する」と言える根拠は?「打球時の振動が多く発生して手首や肘を痛める原因になり得る」と言える根拠は?
- ポスター内容を見る限りでは、あくまでも経時的な硬さ(弾性率)の変化についての検証であり、実際にボールを打った際の反発性能(飛距離、スピード)・衝撃性能の変化についての測定結果が示されていない。
- 検証したサンプル数が明らかになっていない(ポリエステル、ナイロンマルチ、ナイロンモノがそれぞれ1本ずつだったのであれば、サンプル数が少なすぎる)
「ストリングの硬さの変化がすなわち性能の変化ではない」ということは間違いないので、例え経時的に硬くなった(柔軟性・伸縮性が失われた?)としても、ストリング自体の性能が落ちたと解釈するのはあまりに強引です。
また硬いテンションのストリングや硬い素材のストリングが、衝撃振動が多いというのも誤解です。反発性能もスピン性能も、硬さの違いによる影響がないことは、川副先生の研究報告からもある程度明らかになっています。
ポスター内容は、単なるストリングの経時的な物性変化を、すなわちストリングの性能変化と解釈をして、強引に「3ヵ月ごとに張替えるべき」という結論に結び付けてしまってはいないでしょうか。
ポスター内容には理解できる部分も
一方で、ポスター内で例示されている「張替のサイン」については、ユーザーの主観的な「弦楽器としてのストリング性能」「見た目の変化」のことで、すなわち「本人が心地よくプレーできなくなっている」という感覚的な変化であり、そこは私も賛同できる内容です。
ストリングの経時的な変化の何が問題なのか?を科学的に考える
ストリングのテンション、その経時的変化については、おそらく私も含めてかなり誤解の多いテーマだと考えています。
川副先生のWEBサイトに掲載されている「テニスラケットの科学(1) なぜプロは試合中にラケットを替えるのか」や「事例4:ゆるいガットはテニス肘防止になるか?」をご覧いただくと、多くの答えは載っていますが、ここでは出来るだけわかりやすく、Q&A形式で情報をまとめてみたいと思います。
- ストリングが古くなってテンションが低下すると反発性能に影響はある?
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ストリング自体の反発性は変わらない(4年経過したストリングでも反発は落ちないため。テンションによる反発の差はそもそもほとんどないため)。後述するが、使用にともなうスピン性能の低下による影響で、飛距離やスピードが増すような変化が起こりうる。
- ストリングが古くなって柔軟性が失われて硬くなったとしたら、反発性能に影響はある?
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ストリング自体の反発性は変わらない(ストリングの素材・種類、テンションによる反発性の差はそもそもほとんどないため)。後述するが、使用にともなうスピン性能の低下による影響で、飛距離やスピードが増すような変化が起こりうる。
- ストリングが時間とともに変化(テンションが下がる、硬くなる等)することで、ケガしやすくなる?
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ならない(ストリングのテンションの違い、素材の違いによる衝撃振動にはほとんど差がないため)。
事例4:ゆるいガットはテニス肘防止になるか? | 研究紹介 | 川副研究室-KAWAZOE-LAB 事例4:ゆるいガットはテニス肘防止になるか?フォアハンド・ストロークにおける手首関節およびサービス・ストロークにおける肘関節の衝撃振動の測定テニスラケットのスト... - ストリングが古くなっても何も問題はないの?
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古くなることの一番の問題点はスピン性能の低下。ノッチが出来たり、表面コートの劣化によってスナップバックしなくなり、スピン性能は低下する。
スピン性能が低下した影響で、ボールの飛距離が伸び、スピードも増すという変化が起こりうる。結果としてコントロール不良になる可能性があるため、そのような場合には張替が推奨される。
- ストリングが古くなっても問題なく使えているんだけど、張替えなくても大丈夫?
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特に問題はない。スピン性能の変化が気にならず、飛距離やスピードのコントロールが問題なくできていて、自分のパフォーマンスに支障がない限り、張替は義務ではない。
ケガ予防の目的で張り替える意味は特にない。
ストリング張替は義務ではなく自分の中にしか答えはない
張替タイミングは自分自身の主観が最も大切
科学的検証結果にもとづく性能変化の部分では『スピン性能低下→飛距離とスピードのコントロール不良』という事象に対してのみ、張替が推奨されるという結論になりそうです。
ただ実際は、日本ラケット工業協同組合のポスターに書かれているような、我々が感覚的に感じ取っている様々な主観的変化=『弦楽器としての性能』の変化が起こったり、ストリングに対する個々人の嗜好性も決して無視できない部分です。
なぜなら、自分の使う道具を楽しむということもテニスの重要な要素であり、主観的な満足感や安心感は、科学とは別の次元で立派に存在しているためです。
- 打球音の変化(爽快感が損なわれる)
- 飛びが悪い、気持ち悪いと感じる(打球音含めた感覚的変化)
- 打球が重く感じる(打球音含めた感覚的変化)
- スピンが掛かりにくくなった(性能の変化)
- 抑えが利かなくなった(性能の変化)
- 長く使ったことで新鮮味を失った(心の変化)
- 見た目の劣化(毛羽立ち、深いノッチ、変色)
- いつ切れるか分からない不安感
- ラケットを複数本所有する人であれば、張替時期の違いによる打感の違いを嫌うケース
- 張りたてのストリングで打つ時のワクワク感を楽しみたい
- 色々な種類のストリングを試したい
私の張替頻度の正解
私の場合ですが、次のような理由で1ヵ月以内で張替をしています。これが私にとっての張替頻度の正解です。
- 色々な種類のストリングを試してみたい
- 張替直後のハリ感が心地よくて気分が良い
- 測定の結果、2~4週間でテンションがほぼ下がり切る→新鮮味を感じられる期間が長くて1ヵ月以内
- ノッチが深くなっていつ切れるか分からない状態では使いたくない(試合対策)
そして、これが誰にでも当てはまるわけではないことも付け加えておきます。
まとめ
もし、「ストリングは3ヵ月以内に張り替えなければならないのか?」と問われたなら、科学的な検証結果と、主観的な評価の大切さを考慮して、次のように答えてあげるのが良いのではないでしょうか。
「必ずしも3ヵ月にこだわる必要はないよ。」
「今張っているストリングに何か不満を感じたり、積極的に張り替えたい理由があるならいつ張替えても良いし、本人が特に問題を感じないならそのまま使い続けても大丈夫だよ。」