今回、テニスギア研究で有名な川副嘉彦先生の論文「テニスにおけるインパクトのシミュレーション」の内容、ストリングとボールの衝突に関する科学的検証結果の中から、ラケットの打つ場所によって何が変わり、我々プレーヤーにどんな影響があるのかを考えてみたいと思います。
ラケット先端で打つケース、根元で打つケースを上手く使い分けられれば、よりよいプレーヤーに近づいていけるかもしれません。
1. ストリング・ボールの反発係数はラケットの打つ場所によって変わる

この研究では、ラケットのボールを打つ場所によって、反発係数が変化することが明らかになっています。
つまり、ラケットの中央(スイートスポット)で打つのと、先端や根元で打つのでは、ボールの跳ね返り方が異なる、ということです。実験では、ラケットの異なる打点でボールを衝突させた際の反発係数が計算されています。
その結果、ラケットの根元での衝突では反発係数が高く、先端での衝突では反発係数が低くなることが推定され、実験での実測値と予測値がほぼ一致してることも確認されました。
しかしながら、ボールスピードにはスイングスピードも当然影響します。ラケットのスイングスピードが高くなりやすいストローク時には、ラケット先端側の速度が速いため、先端で打つことでボールの速度が上がりやすくなります。
一方、ボレーのようにラケットの速度が小さい場面では、ラケットの根元側で打つほうがエネルギー効率が良く、反発力を最大化できることになります。
以上、ラケットのどこで打つかによってショットの性質が変わることが理解できました。そして状況に応じて打点を意識して使い分けられれば、効果的なショットにつながる可能性があります。
例えば、次のようなショット応用ができるのではないでしょうか。
- スイングスピードを出せるプレーヤーは、ストロークでは先端で打つ方がパワーを出しやすい
- スイングスピードが遅いプレーヤーは、ヒッティングポイントを根元側にずらす方が楽にパワーを出せる可能性がある
- ドロップショットやドロップボレーはボールの衝突エネルギーを殺す必要があるため、反発係数の少ないラケット先端を上手く使う
- 相手のスピードボールに対するボレーは根元寄りに当てるだけで決定力のある返球になる
- ボレーの繊細なコントロールを重視する場合は先端側を使う(反発係数の大きく飛びすぎる可能性がある根元寄りを避ける)
いかがでしょうか。
2.ストリングのテンションや種類は反発性能にはほとんど影響しない
また、この論文では「ストリングのテンションやストリング種類は反発性能(反発係数)にほぼ影響しない」という研究結果についても紹介されています。
当サイトの過去記事でも扱ったことのある情報ですが、改めて確認していきたいと思います。

一般的に、「ストリングの張上げテンションは反発性能・ボール飛距離に影響する」と考える人は少なくないですが、実際にはストリングの張力や種類を変えても、ボールの反発係数(跳ね返りの割合=衝突前の速度と衝突後の速度の比)にはほとんど影響しないことが明らかになっています。
30ポンドと60ポンドでも変わらぬ反発係数!

実験では、30ポンドと60ポンドの張力を設定したストリング(ナイロンとナチュラルの2種類)でラケットヘッドは固定し、ボールの跳ね返り速度を比較したところ、どちらの張力でも反発係数はほぼ一定であることが確認されました。
つまり、「テンションで反発力や飛距離が変わる」「ストリングの種類を変えれば反発力が変化する」といった認識は、科学的には正しくないのです(ただし、全く同じスイングスピードでフラットに当てた場合に限る。ストリングの種類によってスピン性能は変わるため)。
なお、この実験では「ストリングス周りのフレームを固定した条件での反発係数は約0.83(100km/hでボールが飛んできた場合、83km/hの速度で跳ね返る)」という結果が示されています。
ストリングはボールと接触した際に変形しますが、その際のエネルギー損失割合は張力の違いによって大きく変わることがないためです。その結果、張力を変えてもボールの跳ね返り方にはほぼ影響がないのです。
普通のスイングスピードであれば反発係数は変わらない=振っただけの結果が得られる
通常、物体同士が衝突すると、速度が高いほどエネルギーのロスが増え、反発係数(跳ね返りの割合)は低下する傾向がありますが、一般プレーヤーの通常スイングスピードの範囲内(30m/sの範囲)では、反発係数はほぼ一定のままであることが示されています。
例えば、ボールの入射速度を14m/sと25m/sに設定した実験では、両方の速度において反発係数はほぼ変わりませんでした。これは、ストリングの非線形な特性によるものと考えられています。
ストリングの非線形な特性とは、ストリングは変形すればするほど硬くなるという性質のことです。そのため、ある程度の高速でボールが衝突した場合でも、それに応じてストリングが急激に硬くなるため、結果として反発係数は一定に保たれるのです。
ここで補足しておきたいのは、ボールとストリングの衝突速度はあくまでも『反発係数=跳ね返りの割合』には影響しないということであり、絶対的スイングスピードが上がれば衝突後の絶対的ボールスピードも上がる、ということになります。一般プレーヤーであれば、スイングスピードを上げた分だけ速いボールが打てるという理解です。
ただし、衝突速度が極端に高いとストリングの変形やエネルギー損失の影響が大きくなり、反発係数が低下することもあるため、プロレベルの競技者の高速スイング時には「反発係数が低下する」=ボールへ伝わるスイングパワー効率が低下する、ということにはなります。
まとめ
今回紹介した研究結果を整理すると、次のようになります。
- ストリング・ボールの反発力は打つ場所によって変わる。 ラケットの根元では反発力が高く、先端では低くなるため、打点を意識するとショットの質が変わる。
- ストリングのテンションや種類は反発係数にはほとんど影響しない。 テンションやストリングを変えてもボールの反発係数=跳ね返りの割合は変わらない。通常の衝突速度の範囲では、反発係数はほぼ一定に保たれる。
これらのポイントを理解することで、ストリングやラケット選び、そしてプレースタイルの最適化に役立てることができるかもしれません。