テニスはスポーツである以上、ケガのリスクがあります。そして、想定外に人にケガをさせてしまう可能性だってゼロではありません。
想定外だからこそ、いざ起こってしまった時にどうして良いか分からない。せめてトラブルに対処できるように、心の準備はしておきたいところです。
「もしもテニスで人にケガさせてしまったら」
テニス愛好家が、そのリスクに対処できる備えについて、今回はまとめてみます。
テニス中の事故-法律上の責任
テニスにおける事故「ケガをさせた場合」において、法律上の責任はあるでしょうか?
テニスを始めとするスポーツ全般は、その性格上大なり小なり危険を伴う可能性があり、プレーする以上はそのリスクを認識し受け入れている、という前提があります。
そのため、ルールを守って真剣に行っているプレー中の出来事については、かなりの範囲で「法律上の損害賠償責任」はない、と考えられてきた過去からの経緯があります。そして、実際に日々テニスをしている我々も、あまり損害賠償リスクと向き合っていないのが現状ではないでしょうか。
テニスで損害賠償責任は発生する!?
スポーツによる事故について、昭和45年=1970年の判例をもとに、「スポーツ中、ルールの範囲内のプレーであれば責任は負わない」という考え方が、確かに以前は優勢だったようです。
ママさんバレーボール事故判決
裁判例においても、ルール内免責説に近い考え方に基づくものがあり、最初にそのような考え方を採用した裁判例で、「ママさんバレーボール事故判決」(東京地判昭和45.2.27判タ244・139)と呼ばれるものがあります。
Gohda-Low.com 合田綜合法律事務所のブログ. スポーツ中の事故における賠償責任についてより
ママさんバレーボールの練習中に、スカートを履いた被告がスパイクしようとして、後退しながらジャンプし、ボールを強打した拍子に重心を失ってよろめき、二、三歩前にのめって相手方コートに入って転倒し、自己の頸部を原告の右足膝部に衝突させ、右膝関節捻挫兼十字靭帯損傷の傷害を負わせたという事案です。
判決では、「一般に、スポーツの競技中に生じた加害行為については、それがそのスポーツのルールに著しく反することがなく、かつ通常予測され許容された動作に起因するものであるときは、そのスポーツの競技に参加した者全員がその危険を予め受忍し加害行為を承諾しているものと解するのが相当であり、このような場合加害者の行為は違法性を阻却するものというべきである」と述べた上で、本件において、スカートは練習で許容されていたと認定し、また被告が転倒することは予測されたとして、「被告の行為は違法性を阻却する」とし、「スポーツが許容された行動範囲で行われる限り、スポーツの特殊性(自他共に多少の危険が伴うこと等)から離れて過失の有無を論ずるのは適切ではない。本件の場合被告にはスポーツによる不法行為を構成するような過失はなかったともいいうる」としました。
この判決はスポーツ中のスポーツを行なっている者同士の事故の場合、加害者がルールに著しく反しない限りは一律に免責されるとするものです。
しかし最近では、ルール内であっても、過失の有無、過失の程度によって一定の責任を負う、その事例ごとに責任が問われる、というのが当たり前の考え方になってきているようです。以下、例を挙げて見ていきたいと思います。
注意義務を果たしていないケース
【あなたが練習を仕切っているテニスサークルでの事例】
ボレー対ストロークを交代で回していますが、コート内に並んで順番待ちをしている初参加の初心者が、プレーも見ずにずっとおしゃべりをしていて、たまたま後方に下がってきたプレーヤーと接触して転倒・ケガをした場合。
もちろん上記事例に故意性はありませんが、「テニスコート内のリスク」を理解できていない初心者に対して、その危険性を説明をしていなかったとしたら、またコート内でプレーを見ずにおしゃべりをしていることを止めさせる努力をしなかったのであれば問題です。
練習を仕切っているあなたが、コート内の安全を確保するための「管理者としての注意義務を果たしていない」ことで責任を追及される可能性があります。
【練習中の事例】
テニスコートで、素振りをしたラケットが近くの人にあたって、ケガをさせてしまった。この場合も、周囲に注意を払わなかったことについて「注意義務違反」が問われそうです。
【ミックスダブルスの事例】
例えば、ミックスダブルスの試合で男性が、明らかにスピードボールに対応できていない相手女性に対して、アタックを繰り返し、眼にボールを当ててケガをさせてしまった。
これはマナーの問題だけでなく、相手の技量レベルを知っていながら、それを考慮しなかったということで、過失責任を問われる可能性も考えられます。
他者を傷つけないための配慮を欠くことは全て賠償責任リスクとなる
他人事ではない「バドミントンダブルス事件」
事例を挙げるとキリがありません。
ここで、あるショッキングなスポーツ事故の損害賠償判決を紹介します。
2018年の判例ですが、バドミントンのダブルス試合中に、ペアのラケットが当たって眼の後遺障害を負った被害者が、ペアの加害者を訴えた事例です。高裁では「被害者に生じた損害の全てを加害者が賠償する」判決が出たそうです。
【注目判例】 バドミントンのダブルス競技中,ペアのラケットで眼を負傷した被害者の損害賠償請求が認められた事案 : 東京高等裁判所H30.9.12判決
事案の概要
X,Yの二人は,事故の1年ほど前から同じバトミントン教室に通っていた女性です(Xは40代後半)。事故があった日,XとYはペアを組み,対戦相手(A,B)とダブルスの試合をしていました。Yが相手コートから飛んできたシャトルをバックハンドで打ち返そうとラケットを振った際,そのフレームがXの左目に当たってしまい,Xは通院をして治療を受けましたが,外傷性散瞳(瞳孔が大きくなったまま,光に対する調整がきかなくなる障害)の後遺症が残ってしまいました。Xは,この事故についてYに過失があると主張し,1500万円余りの損害賠償を求めて訴訟を提起しました。
Yは,Xに損害を与えることは予見できなかったと過失を否定し,さらに,仮に過失が認められるとしても,バトミントン競技においては一定の頻度で事故が発生するのであり,競技者はそうした事故発生のリスクを引き受けて競技に参加しているから,本件のような事故の場合,ペアを組んだパートナーが負傷しても違法性が阻却されると主張しました。
1審・東京地方裁判所(平成30年2月9日判決)は,Yの過失を認定し,さらに,違法性の阻却を求めるYの主張を退ける一方,本件事故により発生した損害の全部をYに負わせるのは損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念に反するとして,過失相殺の規定を類推適用して,YはXに生じた損害の6割を負担するのが相当であるとし,Xの請求を789万3244円の支払いを求める限度で認めました。~中略~
◇ 過失相殺について
川口幸町法律事務所 注目判例&新法情報 【注目判例】 バドミントンのダブルス競技中,ペアのラケットで眼を負傷した被害者の損害賠償請求が認められた事案 : 東京高等裁判所H30.9.12判決より
東京高裁判決を読んで最も驚いたのは,Yの過失相殺の主張までを退け,1審判決を変更して,Xに生じた損害全ての賠償をYに命じていることです。
対戦相手が打ったシャトルが、前方にいた被害者Xに近い位置に飛んだが(Y主張では、Xがシャトルを打ち返す素振りがないようだったので)、加害者Yが前方へシャトルを取りにいった結果、ラケットをXの眼に当ててケガをさせてしまったとのこと。
「Yは、前方にいたXの位置を十分確認し、スイングを止めるか、Xに接触しないようなスイングにすれば、事件は回避できた」として、裁判所が過失を認める判決を出したのです。
テニスをやっている我々からしても、十分あり得るシチュエーションではないでしょうか?この判例を知って、少なくとも私はゾッとしました。決してこの事件は他人ごとではありません!
このバドミントン訴訟の代理人を務めた弁護士本人のブログでは、次のようなコメントがされています。
先ず、スポーツをする権利やスポーツに親しむ権利を主張する前に、他者を傷つけてはならない、あるいは傷つけないように注意しなければならない、ということは当然のことではないでしょうか。
Gohda-Low.com 合田綜合法律事務所のブログ. スポーツ事故の被害者の方々へ ~バドミントン事故判決を踏まえて~ より
この弁護士が語るように、他者を傷つけてはならないという気持ちを常に持ち、プレー中には最大限の注意力を持って周囲へ配慮することが、スポーツをする我々の責務なのです。
そして、不可抗力であったとしても、配慮を欠いていれば、加害者の責任が厳しく問われる可能性があるのです。
スポーツをやる際に、このようなリスクがある以上、賠償責任保険に加入しておくなど、日頃からリスクマネジメントを絶対に行っておくべきです!
リスクに備える最良の選択肢は『個人賠償責任保険』
テニスで人にケガをさせ、過失責任が問われた場合、目の前にふたつのハードルが立ちふさがります。
- 法律の専門知識がなく、示談交渉に不慣れで、過失割合、賠償範囲などの折り合いをつけることが難しい
- 損害賠償を払う経済力
そんな時に欠かせないのが、『個人賠償責任保険』です。
個人賠償責任保険に入るべき理由
個人賠償責任保険に入るべき理由は、テニスによる事故への備えだけではありません。
数年前から全国で広がりを見せている「自転車保険の加入義務化」の要件=「被害者への補償」が、個人賠償責任保険で対応できるからです。
全国の各自治体でどんどんこの流れは進んでおり、私の住む東京都でも2020年4月から、自転車保険加入義務化がスタートしています。
個人賠償責任保険では、保険会社が示談交渉を行ってくれるケースがほとんどです(まれに示談交渉サービスがついていないケースがあるため、個別の契約条件を確認しておく必要はあります)。
そして賠償保障額は、ほとんどが1億円以上。中には無制限で設定してくれる保険もあります。
個人賠償責任保険はどうやって加入する?
具体的にどのように加入すれば良いでしょうか?
「個人賠償責任保険」単体で保険会社と契約することも当然できるのですが、その場合月額保険料が割高になるため、次の方法をおススメします。
すでにあなたかが入っているかも知れない、もしくはあなたの親御さんが入っているかも知れない、次のような保険やカードに、「個人賠償責任保険」がオプションで設定されているのです。そしてほとんどが、月額で数百円程度とかなりお安い設定となっています。
- 火災保険
- 自動車保険
- 生命保険
- 医療保険
- 団体保険
- クレジットカード
上記に付帯する特約(オプション)への加入
無駄に重なって入らないよう注意
基本的に「個人賠償責任保険」の補償範囲は、家族全員である場合がほとんど。その場合、家族の中で誰かが加入していれば全員の補償が賄えますので、それぞれが加入する必要はありません。
個人賠償責任保険の条件面でおススメのクレジットカード
火災保険、自動車保険、生命保険、医療保険、団体保険などに加入していなくて、新規で個人賠償責任保険に加入したい場合、クレジットカードのオプション加入がおススメです。
そして、その中でのおススメはズバリ、
『エポスカード』です。
エポスカードは、次のような条件面で非常に優れています。
- 示談交渉がついている
- 保険料月額が安く、補償額が手厚い(月額140円~160円で1億円~3億円)
- 家族補償がついている
- クレジットカードの年会費無料
私の場合
私は、持ち家用の火災保険(東京海上日動)で、個人賠償責任保険の特約をつけていますので、それで家族全員の補償が賄えています。
スポーツ、レジャー、自転車、生活における不可抗力の事故に対して、補償が受けられます。
個人賠償責任補償特約
補償を受けられる方(被保険者本人)やそのご家族等が、日常生活や住宅の管理不備等で他人にケガをさせたり他人の物を壊してしまったとき、線路への立入り等により電車等を運行不能にさせてしまったとき、または日本国内で受託した財物(受託品)*1を日本国内外で壊したり盗まれてしまったときの、法律上の損害賠償責任を補償します。
※国内での事故 (訴訟が国外の裁判所に提起された場合等を除きます。) に限り、示談交渉は原則として東京海上日動が行います。
支払限度額(1事故あたり)国内:1億円、無制限*2
国外:1億円
東京海上日動ホームページ 火災保険・地震保険
トータルアシスト住まいの保険(火災保険)特約ページより
まとめ
我々が愛するテニスにおいて、「人にケガをさせてしまうかも知れない」「過失責任が問われてしまう」リスクがあることを、再認識しました。そして、それが本当に他人事ではなく、ごく身近に起こりえることだということも。
テニスをする上で、
「他者を傷つけてはならないという気持ちを常に持ち、最大限の注意力を持って周囲へ配慮する」
そのことを肝に銘じるとともに、もしもの場合に備えておくこと。テニスを生涯スポーツとして楽しむために、我々テニス愛好家は、一度立ち止まって考えておきたい問題です。
参考サイト
- Gohda-Low.com 合田綜合法律事務所のブログ. スポーツ中の事故における賠償責任について
- 川口幸町法律事務所 注目判例&新法情報 【注目判例】 バドミントンのダブルス競技中,ペアのラケットで眼を負傷した被害者の損害賠償請求が認められた事案 : 東京高等裁判所H30.9.12判決
参考文献
- 発田志音. テニス中の事故に伴う法的責任と現場の対応. テニスの科学. 2020年, 28巻, 62-63